関東支部同窓会幹事長S.S.君より、またまたメッセージがありますのでご覧下さい!!
津波当日は、港の仕事をさせてもらっている小生の会社でも津波対策委員会が持たれたようですが、影響もあまりないだろうということで簡単に終わってしまいました。海の近くで育ち、いつもは遠くからふるさとを眺めているS.S.君ならではのレポートだと感銘いたしました。日本中を警戒させたチリ津波からもうすぐ1ヶ月。地震警戒王国静岡に
しては、関連現象に関する発言がないので、巴川河口の番人を自称する
私は、自らの目撃情報を提供する。
たまたま津波の日2月28日に清水にいた。母と、いざとなったら数分
で避難できる準備だけはしておいた。
安全と判断した後、巴川まで見に行った。さんざん海や川に出るなとテ
レビやラジオで警報を出していたので、津波を見に行って遭難したので
は、世間様の笑いものとなり、S家末代の恥となることが恐れられた。
北海道や、大津波警報発令の東北で津波が観測され、安全だろうと客観
的に判断し、自宅から徒歩約3分の巴川まで、期待を胸に出かけた。午
後2時半ごろ。念のため、数メートル高所に即座に避難できるポイント
で待機した。
・待つこと1時間。近所のおじさんも見に来て、時は遡り50年前のチ
リ津波のときの巴川の様子を語りだした。それによると、引き波では巴
川の川底が見えるほど引いて、押し寄せるときは川底がぶくぶくと湧き
上がるように見えたということである。これは母が、家の周りの下水溝
が、津波の後に同じようになっていたと言っていたことに一致する。
・おじさんが待ちかねて引き揚げた後、ちょうど満潮を迎えたように見
えた午後3時40分ごろ、急に巴側が下流に流れ出した。流速は見る見る
間に速くなり、前日の雨で溜まった漂流ごみがどんどん流されていっ
た。引き波がドラマチックに進行し、眼前に津波を目撃した。
・支流の浄念川口の水門は閉ざされていたが、水位の低くなった巴川
に、水門下端の隙間を洗屈するように、水流とともに泥が巻き上げられ
るのが観察された。
・巴川対岸付近ではカワウらしき水鳥数羽が、突然のあまりの急流に流
され、慌てて10mぐらい上流に、何度もループを描くように飛んでは
流されを繰り返していた。
・10分ほどで引き波はおさまった。そのわずか10分あまりの間に、水
位は60cm程度下がった。
・写真は、前述おじさん。満潮状態の水位。別の写真は引き波の様子。
巴川が左回りにカーブするところで、流れの筋道が見える。手前は支流
常念川の流れが水門から湧き出る様子。巴川右岸のテラス状になってい
る堤防に接する水かさから、水位の変化が見てとれる。


・引き波がおさまった後、逆流のすごいのが来ると思って待っていた
が、水かさがゆっくり上がるだけで、流れらしい流れは観察できなかっ
た。約30分待ってみた。元の水位に戻っただけ。
・報道で発表された清水港の津波時刻と異なることを考えると、引き波
の前に満潮だと思っていたのが、津波第1波の襲来だったのかもしれな
い。引き波が圧倒的に強かったのは、河口と海の地形的な関係のためと
推測される。